ベスさん、スタッフのみなさまいつもありがとうございます。
茨城県在住です。(茨城県っと・・・φ(..)メモメモ)
わたしの住んでいるところは海岸より12キロ離れていて高台にあります。近くには山も川もないので土砂崩れや浸水することもありません。
ただ、東海原発から30キロ圏内であることと福島原発の影響も否めないため常に不安はあります。
3.11の時は自宅駐車場の車の中で一晩過ごしました。自宅はオール電化のため何も出来ませんでした。近くの実家はプロパンガスでしたから備蓄の水を持参しお湯を沸かしてもらったりできたので助かりました。それでも3日目くらいには全て復旧していたと思います。
A. オール電化はこの時代大変です。せめてカセットボンベでも準備されることですね。安全なところにお住まいの人はシャンバラでは一番忙しいですね。通いで被災者のフォローをするように指示が来ます。もちろん時給制です。ボランティアは外部の人にして被災地に対しては時給または日当で手伝ってもらいます。それは人として意識を失わないようになるべく早くから自分で稼いだお金を握らせるためです。
電子化といっても災害時はいきなりアナログです。みなさんも携帯に頼っていると災害時は使えないのでその場で水も買えない状況になります。なので今でもシャンバラでは現金があります。
3.11以降から車のガソリンは常に満タンにするようにしてましたし、非常食や水も常備するように意識してきましたがいま一度見直します。
軍手や懐中電灯は庭の物置にありますからあとは小型の蓄電池と折りたたみソーラーパネルのセットが欲しいです。
A. あの~もちろん家の中にも特に寝床などにあるのですよね?軍手も靴もましてや懐中電灯も深夜の場合を想定してできるだけ寝床のそばに1本、家族全員の安全を確認できるところに人数分は必要です。特に転ぶと痛いぞ。庭の物置に置くなら電池かな。
写真も直近で撮った家族写真がありますのでそれを何枚か準備しておきます。
A. 別の人の課題ではそれに生年月日と名前を書いたとか。これはいいですね。
子供達は茨城と東京にそれぞれ家庭を持っていますがふたりとも公務員なので災害時は職場待機になるらしく心配ですが落ち着くまで会えないと思います。
A. こういうときは公務員のご家族は大変ですね。
高齢の両親のいる実家は隣町です。高台なので津波はありませんが裏の雑木林が大きく育ってるので地震などで倒木したらと考えると心配です。
何処か遠くに避難するとしても高齢の両親のことを考えると難しいですから自宅か実家にいることになると思います。
子供達には自宅か実家にいると連絡しておきます。
A. 日本では災害用伝言ダイヤルというのがあるのですね
携帯がつながればいいのですが最後は昭和の機器に頼るのみです
ざっと思いついたことを書いてみました。
よろしくお願いいたします。
なによりも地震や噴火などの大災害がないことを切に祈ります。
A. そうですね。それが一番です。みんなで祈りましょう。きっと日本人なら結界を張ることができるでしょう
課題提出ありがとうございました
コメント
地震、噴火 事前通知が3日前にあった場合
福島県の内陸在住です。
3.11の時の揺れはとても酷かったです。
原発の影響は殆ど無く、一番大変だったのは燃料が手に入りにくいことでした。普段から農作物も作っているのと熱源は複数使用しているので、生活するには問題ありません。災害時に遠方の方からの連絡はとてもありがたかった。でも不足するのはその地に行かないとわからないこともあります。3.11の時は特に放射能情報による差別などもあり、県外からの来訪者が全くなく寂しい、メンタル的に嫌な思いをしました。日本人同士の差別は厳しかったなぁ(°_°)
今回事前に通知が入るなら、今一度対策するなら燃料、井戸水の為の発電システムか手動ポンプ、それと噴火が起こった場合飛んでくるかもしれない石から身を守れる場所の確保。木造住宅が多いのでできるだけ丈夫そうな建物を見つけ一時的に身を寄せるでしょうか。
大陸が沈まない限り津波の影響はありませんが、大雨が続き山崩れの土砂災害時は、避難場所に一時避難すること。それとご近所と繋がり、互いに足りない分を補い助け合うこと。田舎なので大きな鍋、食器、薪にストーブで炊き出しも大丈夫。ガスも有効活用できる。
そして早めに身内に連絡をとり、出来れば近くに来るよう伝えます。何故なら都会よりは食べることができるからです。
お忙しいところ回答ありがとうございました。
もちろん懐中電灯も軍手も家の中にも置いてあります(汗)
写真には家族分の名前と生年月日書いておきます。
わたしが留守のときても対応できるように家族にも分かるようにしておきたいと思います。
ありがとうございました。