Q.自分の母が発達障害傾向で、ふだんからちょっと変わった人とでも関わることに抵抗なくきました。しかし昨年、ADHD系の友人が離婚し自分が追いやった遠くに住む娘にしつこく関わる様子を見たり、常駐先で同僚にマウントを取り精神を病んでDVと告発されるのを目の当たりにして、「普通と違って他人の気持ちがわからない人(=発達障害)」が社会から見捨てられるのを避けるため、必死で社会の肩書きや家庭などをしゃぶり尽くすようにしがみつく事での2次被害は相当あるのではないかと感じました。
実際、うちの母も家庭は持ちたがるものの、家族には信じられないような酷い言葉を投げかけ、それでいて自分は被害者ヅラをしています。
よくスピでは同調社会を壊すための異端として宇宙からやってきたなどの話もあるけれど、彼らの個性が生かされず、世代を超えて迷惑が被るのはちょっといただけないなと実感しています。
もしスターシードなるものがあるとするなら、その面からみた発達障害の現状、また本来描いた未来など、見解を教えて下さい。
A まず日本の精神医学的な分類を調べて非常に違和感を感じます。西欧では発達障害と言わない例でも教師のいうことを聞かない子に対していいようにレッテルを張っていると感じることが多いのです。そのため子供はそのレッテル通りに行動し自分にさらなるレッテルを自ら貼ることになっていないかと懸念しています
例えば母親が「うちの子はちょっと変な子なの」というだけでたとえその場にいなくても子供と母親はアストラル体でつながっているのでしっかりその子は母親のレッテル通りに変な行動をすることになります。そんな子が教師からそのままのレッテル行動をするわけです。
という訳で発達障害という言い方は我々はあまり根拠のない言い方だとここではっきり否定します
さて、あなたがおっしゃる発達障害は境界性パーソナリティー障害のことです。つまり、魂的には今回が地球初めての宇宙人転生者か、前世で自殺をした魂か、眉間チャクラないし胸チャクラが何らかの事故で閉じたか、または他の原因も考えられますがここではあまりに多いので割愛します
でもどれもその家族はそれなりに心に傷を負います。ただそれを納得ずくであなたもその周りの人もその運命を受け入れたからその環境にいるのです。つまり、親ガチャでしたっけ?そんなくじ運的なものではなくむしろその家族だから選んだ道なら腹を括って受け入れるほうが先ではないでしょうか?対処法はそのほうが沢山思い当たるはずです
逃げようとすると追いかけてくるように次に出会う人まで同じ問題を抱えている場合が多いのだと思います。
不幸と試練の違いをご存じでしょうか?不幸は降りかかるもの、試練は自ら挑むもの。不幸と思わず試練と思うことが周りにいる人間を救う世界だと思っています
ということで皆さんの未来をより明るいものにするならまず挑むなら勉強をすること。挑めないならその人から離れることです。時に親だから受け入れなければならないと思うでしょうが、そうではありません。親と言えども切らなければならないときがある。それが自分の家族まで巻き添えにならないために。または自分の人生のために。それを自己中だという人がいますが、それは経験がないから理解ができないのです。無理だと思う時は無理だと認めてください。逃げではありません。勇気です
輪廻転生を理解でき、魂の構造が理解出来たら沢山救われることでしょう。でも今の医学では無理なのです。輪廻転生と遺伝子との関係を説明できませんからね。かつては伝染病が流行れば逃げました。それは医学が追い付いていなかったからです。まだそのレベルですよ。
もし悩む人がいたらそういうアドバイスもあることを念頭にしてください
質問ありがとうございました。


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