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「これからの日本ってどうすればいいのよ」追加質問

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シャンバラの皆様、ベスさん、リアルでサイトに関わって下さっている方々、いつもありがとうございます。

前の質問に対し大変丁寧なご回答をありがとうございます。
ティール型文明が日本の原型だったのなら心惹かれて当たり前でした。
新しい様式としてティール型を海外の方が文章で表したとしても、それを読む事で縄文の古い遺伝子が少しでも目覚めるのなら幸いだと思います。

原点回帰して縄文系だけで日本を再建すれば成熟した国が造れるとは言っても「ではそれで!」と叫べば某エササ氏等と同じになってしまう訳で…。やはり悩ましいところです。

質問⑴
意図的に調節しなくても、人口の自然減少や国外流出(逃亡とも言う)で2:6:2のバランスは徐々に代わってゆくのかと思いますが、今後、生まれ代わりやJ人が里帰りして来たりして最終的には縄文系だけが日本に住む事になるのでしょうか?

A. 言い方はそうですが、結局縄文人を世界から隔絶して鎖国化するのが一番という計画です。自給自足を急がれますがきっと日本人なら分かち合う選択をするでしょう。今関心があるのはベスが解放したJ人の魂が間違いなく日本に生まれ出でることです。単純に日本人とはいがたい思考回路かもしれません。それも楽しい事なのですが


責任について考えてみました。
(https://maroup.net/archives/19977#i-2より抜粋)
本来の「責任」の意味について、辞書に書かれている意味は、実は二つ。
①[荘子天道]人が引き受けてなすべき任務。
例:―を全うする・―を持つ・―をとる
→「その人がその立場にいる以上当たり前に負う必要がある任務や義務のこと」
もっとわかりやすく言うと、自分に任せられた事柄を最後までやり遂げると言うことです。

② 政治・道徳・法律などの観点から非難されるべき責せめ・科とが。
法律上の責任は主として対社会的な刑事責任と主として、対個人的な民事責任とに大別され、それぞれ一定の制裁を伴う。
→「その人の地位や立場や役職、さらに行った事による政治的責任・法的責任・道義的責任など、様々な視点から考えられる責任」
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前回答を読み、上記を読んで感じたのは、日本人は責任を果たさないのではなく、果たせないようにコントロールされてきたのではないかという事です。
①の「最後までやり遂げる事」を許されず、②の「非難されるべき責せめ・科とが」ばかりを押し付けられ続けた結果、純粋縄文系2割は職人の世界へ身を潜め、縄文系寄り3割は克己心を奪われ、弥生系寄り3割は責任転嫁を覚え、支配者純粋弥生系2割は端から「責任?それって美味しいの?」状態なのではないのかなと。そのくせ、個人に止まらず集団にまで連帯責任で過重する念の入れよう。

質問⑵
前回答内で言われている日本人が取り違いしている「責任」とはどのようなものでしょうか?

A。基本謝罪、反省=二度としない分析、そして二度としない誓いですね。まずは謝罪が先に来なければなりません。関東大震災では6000人の朝鮮人を虐殺しましたが、日本人は誰ひとり裁かれることはありませんでした。戦時中暴走した大本営の上層部は天皇含めて華族も誰ひとり裁かれませんでした。731部隊に至っては関係者はむしろ戦後支配者層に甘んじています。非難しているのではありません。反省していないから同じことが何度も起きます。暴かれても悪びれもせずにいる人間を非難しないことを論じているのです。誰かが自殺したらもう非難しなくてもいいだろうという感覚。それも張本人でもない人の自殺でなかったことにする感覚は我々にはわかりません。挙句が暴露した人間に罰を与えるやり方を続ける限り改善しようとする人間が減っていくわけで、そのうちに元の木阿弥になるのは見えています。責任の勘違いはここです。


果たして私が『主婦の匠』として立っているのかというと全然まったくですが、リアルなイメージを持ち続ける事でティール型社会の発露を速める一助となるならば、頑張りがいがあるというものです。
ありがとうございました。

A. 何事も新しいことは問題が起きます。しかし、その責任の所在や責任の取り方、取らせ方を地道にやっていって初めて組織は長続きします。戦後70年しか持たなかった組織。早く脱却してほしいものです

質問をありがとうございました

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