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Youは地球嫌い?: ルイさんに言いたい事つらつら

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ルイさん初めまして。今回は質問というより、殆どルイさんに聞いて欲しい事を一方的に書いちゃった感じなのでご了承ください。

私は地球人が地球を我が物顔で私物化してるという認識があるので、そしてその傲慢さが一歩間違えば地球を放射能まみれにして滅ぼす可能性があるともおもってるので、自分は地球に仮住まいさせて貰ってるという感覚を忘れてはいけないなと感じてます。

Q1.では質問です。エササニの方達が地球に転生するので、その前に野蛮な地球人を掃除するって考え方が、どうも文明が発達したイギリス人がアメリカにやって来て、住みにくいのでもとから住んでいたネイティヴアメリカンを追い出した経緯や自分達が信じてる宗教を無理矢理布教させようとした地球人がやってきた歴史とあんまり変わらない気がするのですが。どうでしょうか?

A. はい、その通りです。で?それが何か?

 

私もしょっちゅうやらかすのですが、上から目線で物事を見ている内は、野蛮な中にも神聖なものを見たり、神聖な中にも野蛮なものがある事を見逃してしまう気がするのです。上から目線だと「我々はあなた方のように愚かではない」でそれ以上考える事、感じることをストップしてしまう気がします。

全は一、一は全、上側のごとく下側もといった風に、度合いの差こそあれ、どれだけかけ離れて姿形が違えど、エササニの方達と地球人との間にも必ず共通点があると思うのです。

先日「こんな時間に地球征服するなんて」という番組で沖縄出身のディレクターさんがアマゾンの先住民に会いに行くという企画を見たんです。

その村には今だかつていちども外国人が来たことがなくて、彼がもっとも大切にしているシャーマンに外国人を会わせていいものかという事で先住民同士が議論してました。勿論反対する住民もいたんですが、そのディレクターが取った方法は理屈で説得する方法ではありませんでした。

彼は覚えたての先住民の言葉を取り入れながら「上を向いて歩こう」を歌ったんです。

そしたら険悪だった現場の空気が一変して、一気にみんなニコニコ顔に変化しました。それを見ていた視聴者やスタジオの人間達もマジすげ〜っ、奇跡を見たって感動してました。

彼が先住民の言葉を用いたのは、彼らに対する敬意であり、言葉の違いや文化の違いを超えた「普遍的なコミュニケーション」の歌を用いる事で、違いや理解の出来なさの溝を埋めようとしたんだと思います。

先住民達はとても喜んで、御礼に彼らの歌と踊りをプレゼントしてました。そしてもちろんナスD(沖縄出身のディレクターさん)はシャーマンに会えることになったようです。

Q 2.何か物事を進めるには、言葉での説得や脅しとかではなく、何かもうちょっとクリエイティブな方法でユーモアを混ぜた方法や芸術的な方法でのアプローチもあるんじゃないかな?と感じるんです。私は最近参加し忘れてるのですが、ベスのブログの方々は定期的に歌プロをやっています。エササニの方々は見てますか?それについてどう思われますか?

実際歌プロによって波動が変わってるとの事なので、歌にはとても計りしれないパワーがあると感じます。

A. していることを否定はしません。それが地球人なりの表現方法であれば「どうぞ存分に」と思うだけです。

 

Q3.エササニにも合理さを超えたコミュニケーションの方法や歌を含めた創作活動をさてれる方々もいらっしゃると思います。エササニ在住の芸術家の方々は今回の収穫についてどのような意見をお持ちですか?

合理さを超えた、頭での理解を範囲超えた活動にはたまに「奇跡」を起こす力があるように思うんです。

A. たぶん収穫する側、される側で見ると不本意なのでしょうが、ではもし皆さんが地球のためですというなら、たぶん皆さんなら地球のために命を投げ出すでしょう?それなら収穫とは言わない。名誉の死 ですか? 日本人は好きですよね。奇跡も生まれるかもしれません。喜ばしいではないですか。一方的に行うから収穫という表現が不本意なだけです。

我々は美しく誘導しながら地球のために身を挺してこの危機を回避します。ご安心ください

 

Q4.ルイさんの地球の歌で好きな歌は何ですか?

A. ないです

 

Q5エササニで最も知られた地球の歌は何かありますか?

その歌をもしよければそのうち歌プロでルイさんと歌いたいです。というのも何か物事を「一緒」に行う事で、共通意識が違いの中に齎されるんじゃないかと思うので。

あと、いつかエササニで愛されてる歌があれば、それを翻訳した曲を一緒に歌える日が来るといいですよね。

A. ないです

 

日本はお隣の韓国や中国と日本の植民地時代の問題から、日本人は残酷だし嫌いって言う人多いんだけど、でも日本のドラマが好きだったり、漫画が好きだったりするから、文化的側面や芸術的側面は政治問題を超える事が出来るんじゃないかな〜と。

最後にエササニは確かに文明的には遥かに田舎の星より優れているのかもしれないですが、ここは地球なので全てはガイアのルールに則って住むのが最も適しているように感じるのです。郷に入れば郷に従えというように。

そのガイアが地球人との共存を選択したということは、ガイアは地球人を信じてくれていると感じました。人を成長させるのは方法論やスパルタではなく、信頼と見守りだと私は感じるのです。そしてそれはとても難しいのは知ってます。見守るより、口出した方が早く感じたり、相手をコントロールした方が多分楽だと思います。

でもエササニにはその安易な方法よりも難しい方にチャレンジして欲しいのです。チャレンジしがいがある方がワクワクしませんか?

エササニも地球人と同じく「地球に住まわせて貰ってる」という観点を忘れず、お互いの違いや距離感をリスペクトすれば、お互いに知らなかった事とか学ぶこともきっとあると思います。共に歩んでいきましょう!

そして私も歌プロ6日忘れず参加しようと思います。長々と失礼しました

A. 地球に住まわせてもらっていると思う気持ちがあるならくだらない戦争は止めるのですね。これから我々の子孫がここに生まれ変わるにあたり下準備を始めるところです。まだ、ガイアの意向は聞いていません。

ルイ

 

コメント

  1. R より:

    ルイさん、ベスさんありがとうございました。

    この世界の法則として「自分の中に無いものは見えない」というのがあると思いますが、今回ルイさんに出会って、自分を改めて振り返る機会になりました。

    何故なら私自身も、同族ながら見るだけで嫌悪し、身の毛もよだつような人っているし、その人に対して「目の前から消えろ!」なんてそれこそしょっちゅうですもん。

    でも視点を変えれば、ひょっとしてある人からすれば、私だって身の毛もよだつ殆ど嫌悪する対象になり得る事もあるんですよね。だからといって見苦しいから、目障りだから消えろと言われたら悲しい。死ねと言われたって死にたくないです。だとすると自ら自死する人以外他人もそうだって思うんです。

    ならば、だれにだって「存在する権利」はあるはずだし、それを勝手に取り上げる権限なんて誰にもないと思うんです。

    邪悪なもの見苦しいもの、有っていいと思うし、それらがあるから、人のちょっとした慈悲やその人の本来ある光りある部分が際立つのだと思います。そして本物を見極める目が育つのだと思います。

    エササニの出方は、今後我々が日々どう自分自身に向き合うかでまた変わってくると思います。

    だって今は地球人だけど、多くの魂がプレアデスだったり、シリウスだったりエササニ星人だった過去を持ってるわけだし。

    つまり、エササニは過去の自分たちであり、未来の自分たちでもあるような気がするんです。

    よく人間って、過去のこっぱずかしい未熟で愚かな自分を消し去りたいと思うし、できる事なら忘れたいとかなかった事にしたいと思うけど、その愚かで卑劣で残酷だった自分があったから、今の自分があるわけで、
    どんな経験も、いついかなる自分も大河へ続く一滴になってるんだと思いました。

    多次元的、多角的、多層的な視点を忘れたくないです。

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