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① シャンバラからの質問 いじめについて 最後のほうに感想あり

この記事は約15分で読めます。

Q. いつも質問をありがとうございます。今日は質問できると聞いてドキドキしています。よろしくお願いします

先日原発でいじめを受けたお子さんのニュースを見ました。その時スタッフが疑問に思ったのが、他の人は何をしていたのだろうと。特にお金を要求されたという表現も「これって恐喝だよね?」と思うだけに、ではほかの人も恐喝ではなく単におねだりをしていると思うのでしょうか?(150万のおねだり?)

どう思うのか教えてください。特に身近で起きたらあなたならどうするかも書いていただくとうれしいです。よろしくお願いします

【学生からの回答】

回答者:①

ベスさん、質問をくださったスタッフのみなさま、こんにちは。
いじめについての質問の回答をお送りいたします。

まわりのひとは何をやっていたのか、とのことですが
まず前提条件として、いじめられていた子が転校してくる前からおそらくいじめっ子自体はその学校にいたわけですので、そこから数パターン考察してみました。

1)今回のいじめっ子がもともと他の子をいじめ、日常的に恐喝を大なり小なりしていた場合、今回問題になったいじめられていた子が引っ越してきた段階でターゲットがその子に移ったことで、もともと恐喝されていた、いじめられていた子たちは、自分はいじめられなくなったのである意味ほっとしてしまったのと、自分がまたいじめられるのが怖くて、今回のいじめに対してみて見ぬふりをしてしまった。

2)いじめっ子自体を注意したくてもできない事情(たとえば親が暴力団だとか)が前々からあって、いじめられている子やまわりの子、大人たちも怖くて反撃できない、注意ができない、見て見ぬふりをしてしまった。

3)今回のいじめっ子が逆にこれまで親やまわりの子や大人などから虐待や差別やなにかを受けていた場合、その長年のうっくつがたまっていて、今回いじめられた子が引っ越してきた段階で、はじめて自分より弱いものがきたととらえていじめていた場合、まわりの子どもたちや大人たちは、そのいじめっ子を作りだした遠因は自分たちにあるので、止めれないし、見て見ぬふりをした。

もし、自分のまわりでこのようなことが起こっている場合に自分がどうするかについては、いじめっ子と一対一になってその子の気持ち本心を聞くことをまずすると思います。一対一にならないと聞けない本心もあるし、通常いじめはそのいじめている子の寂しさや苦しみの発露で起こるとわたしは考えているからです。

そのうえで、そのいじめっ子が好きなこと、読書でもスポーツでもなんでもいいのでそれを一緒にやってあげる、理解しようと努力します。自分がまわりになんでそのいじめっ子と仲良くしてるんだと非難を受けることもあるかもしれませんがそれでもぐっと黙ってとにかくいじめっ子側の気持ちを知る、なんでいじめをしてしまうかの根本原因を探ります。

ただ単にいじめ自体をその場その場で止めたとしても、そのいじめている子がなんでいじめてるかの原因がわからない限り、いじめつづけるからです。

以上です。

よろしくお願いします。


回答者:②

こんにちは。今回の企画、楽しんでます♪

自分の勝手な考えですが、お送りさせて頂きますm(_ _)m

私は福島出身です。この問題は、以下の「福島出身であること(=放射能汚染されている地域の人)」と、「いじめられやすい要素(言葉の訛や文化の違いなど)」があったことが事の根底にあったと思いますが、加害者児童の親たちの鬱屈した社会に対する怒りや、金銭に対する僻みが、自分の子供(加害者児童)からエネルギーを奪い、その子らが被害者児童をいじめてエネルギーを奪うという流れが出来て、ここまで大きくなったのだと思いました。

また、日本人の「見て見ぬふりをする」という姿勢が親から子にも伝わっており、周りの子供達も分かっているのに、僻む思いが伝播していて、いじめを止めたいという思いには至らなかったのだと思います。

このいじめはK県が舞台ですが、日本全体がこの加害者の目線は持っていると感じています。

賠償金について、他県の方に少し理解して頂きたいのは、対象地域全てで賠償金が出ているわけではないので(私の実家では出ていません)、他の地域に引っ越しをされた方でご苦労されている方もたくさんいるということを知って頂きたいです。

福島出身であることは変えられませんから、ミクロの視点では、ただただ強くなるしかないと思います。あんなこと言われて傷ついた…だけでは悲しいだけです。決して自分のせいではないけれど、あの事故を受けて自分はどうだったかという事を掘り下げて、自分の個性として人に伝える努力する方向がいいと思います。暴力からは、逃げるか身体を鍛えて強くなる。

また、いじめに対する対処については、学校を変える、学びの方法を変えるという方法を取ることを勧めたいです。もし被害者が不登校になったことで考えを改めてくれるような加害者なら良いのですが、それも難しいでしょうから、ある程度学校生活を頑張ってみてダメなら、転校するかホームスクーリングか通信教育、金額が許すのであれば海外留学など、これまでの学校の関係者と一切会わない環境に身をおいてリセットすることを提案したいです。
いじめをする加害者につきあってあげる必要はないです。人生はもっと楽しいはずなので、まずは彼には目線を変える提案をしたいと思います。

そしてマクロの視点では、いまだに17万8000人が避難している現状を変える必要があると思います。被害者視点では、5年も経っていますから、色々な状況があるとは思いますが、働く意識を持ち続けることで、踏み出せることもあると思います。そして他の地域の方々は、注目し続けることが大切だと思います。

K県のいじめの問題は、こうした日本全体が抱えている福島に対する負の意識の象徴だと思いました。

良い質問をありがとうございました!(←一度、言ってみたかったw)


回答者:③

いじめられた子の手記では、悔しいけど言い返したらますますいじめられるとありました。だから実際いじめられていても周囲に助けを求めたりはっきり嫌だと態度で示すことはできなかったのではないでしょうか。私の頃(ずいぶん昔ですが)も具体的にいじめられる側が怪我をするとか泣かされるくらいにならないとなかなか気づいてもらえなかったりしました。加害者側に罪の意識がなく遊びやゲームの軽いノリでからかっている風にしか見えない間は誰も真剣にいじめだとは捉えてくれないのです。悪気がないように装うことでいじめる側は自分も周りをも欺きます。

根の深い問題です。みんな一緒、平均的であることが良しとされる土台では、何か目立つものを持っているということは人気者になるかいじめられるか紙一重です。

今の私がもしその場に居合わせたとしたら・・そうですね、現場をじーっと見てボソッと「つまんね〜」とか言うかな。全然そうした行為はイケてないという事実を知らせるだろうと思います。


回答者:④

いつもありがとうございます。

私の思うところを書きます。
もっといい方法があれば、教えてください。

いじめという言葉は子供向きの言葉だと思っています。
もしまわりでこの恐喝事件が起こったなら、わかり次第中学生以上なら保護者、学校、警察に届けます。
小学生は学校、教育委員会とその親、場合によっては警察でしょうか。
学校側は隠ぺいする可能性もあるでしょう。

事件の詳細はわからないですが、被害者のお子さんは自分のプライドも捨てて何を守ったのだろうか。
お金を用意することで命を守れると思ったのかもしれない。
これでやめてくれるかもしれないと思ったのかもしれない。
弱みに付け込んでの恐喝です。

最近の子どものいじめは陰湿です。
表に出にくくなっているかもしれない。
殺人未遂、傷害、恐喝暴行、恐喝、強要・・・
いじめという生易しい言葉で言って欲しくないと思うのです。

そこまでして学校に行かなきゃいけなかったのだろうか、
そういう連中は学校に行かなくても、呼び出したり家の前で待っていたり付きまとうことがあるから。

親はここまで来るまでに守りきれなかったのか・・・歯がゆいです。
加害者の親の教育も必要だと思いますし、加害者を厳罰にするべきだと思います。


回答者:⑤

本当に本当に悲しい出来事です。

ずっと何年も続いていたいじめ。なんとかならなかったのか・・・
周りの大人はなにを見ていたのだろう。親も教師もどうしていたんだろう・・・・・・
考えるだけで怒りがこみあげます。

事実はわかりませんが、たぶん子供たちは周りの大人たちが何気なく話していたことを耳にしたのではないでしょうか。「賠償金をたくさん貰えていい思いをしてるな」とか「働かないで賠償金がもらえるなんて得をしてるな」とか等々。

教師も情けないです。いじめを訴えてもその実態を知ろうとしていなかった・・・。

もし、身近で起きていたらどうするだろうか。

昔、息子が1年生の時にいじめにあいました。友人の子供もいじめにあいました。本当に多くの子供たちがつらい思いをしているのです。

やはり、周りの大人が少しでも早くSOSに気が付いてあげることが大切なんだとおもいます。気がついたらどうするか。それはケースバイケースなのでしょうが、出来るだけ情報を集めてどうしたらよいか真剣に考えることが大切になるのではないでしょうか?感情的なならないように。
事を大きくすればよいというものではないので、まずいじめにあっている子供の傷が出来るだけ残らないように慎重に事を進めなければならないと思います。

今回の事件の子供が、これから自分の人生を真っすぐに進んでいけることを祈るばかりです。


回答者:⑥

シャンバラスタッフの皆様、こんばんは。 いじめについてのニュースを見たときに、主人と『脅した方の親がそういう発言をしているのだから、親に責任を取らせれば良い』などと話していました。しかし、恥ずかしながら、お金の要求について、恐喝(⇒犯罪)という意識は無く、このブログをみてハッとしました。

上の件をふまえ、私の身近でこのような事件が起こった場合は、恐喝された方々にまず警察に行くように勧めようと思いました。また併せてお経巻きやお札巻きを勧め、恐喝した側と周波数を違わせることをしようと思います。私も(密かに?)恐喝された方々のお経巻きをしようと考えました。
よろしくお願いいたします。


回答者:⑦

A.いつもありがとうございます!拙い回答ですがどうぞ宜しくお願いします。

いじめは無くなってほしいと思います。人の人生を台無しにしてしまう犯罪行為だとも思います。

身近で起きた場合については、余程目に余るような恐喝行為や暴行等を見かけたら警察や信頼のおける人物に相談をしてどうにか解決できるように行動を起こすとは思います。
ですが、いじめはなかなか難しい問題だと思います。

私自身もいじめを受けたこともありますし、本当に申し訳ないのですが、妹や小学生の頃に同級生にいじめをしてしまったこともあります。
友達が受けていたいじめにクラスが違っていたとはいえ全く気が付かずに平然と日常を過ごしていたこともありました。

今までいじめをしている現場を直接に見たのは、小学生の時に私も一緒になって悪口を言っていた同級生のみなので、いじめというものは大抵が人の見ていないところや陰でこそこそとしていることが多いように思います。

いじめられている人の変化を見逃さないように、何かがあったら恥ずかしいと思わずにいじめの相談をしてもらえるような環境作りをしていけるといいとは思うのですが…。


回答者:⑧

いつもお世話になっております。
よろしくお願いいたします。

(補足:リンク先削除)
「警察は少年が自ら金を渡していることなどから、恐喝事件にはあたらないと判断したということです」??今知りました。
おねだりはないでしょうwwwww

この一件で、我々日本人はなにに気づくべきなのでしょうか?

大人の中でもいじめはありますから、そんなんで子どもにだけ「いじめはダメ、絶対」と言っても空々しいですよね(´・_・`) だから言わなくていいとかいうんじゃなくてw 言うとしたら「我々大人は情けないことだがまだ克服できていないので、これから未来を背負って立つ君らは真似しちゃいけないよ☆」というのが妥当かと思います。

自分とは異なる他者をヒエラルキーに嵌め込むということを止めない限り、他者との「違い」は脅威でしかなく、したがって初対面でマウンティングを繰り出す羽目に(^_^;)

ヒエラルキーからの脱却!!!
そういえばモーさんが言ってましたね!これは遺伝子?本能に逆らうことなのだと。

別にぶち壊す必要はなく、気づいた人からそっと離れればいい、と言っている人がいました。

しかし巻き込まれたらどうするか。これは、避難計画同様平時から親子で考えておくといいと思います。あと弁護士さんとつながりがあると心強い(^_^)v

とにかく教諭が、学校が、教育委員会が、警察が「〇〇してくれない」と言い続けることは時間の無駄だし、場合によってはその間に子どもが死を選ばないとも限りません。相談は当然するが、動いてもらえなくても次の一手が打てるようにしておく。

うあああ、タイムアップ。
これで提出します!


回答者:⑨

好かれるならお金は渡すと思います。完全なる脅迫のようないじめと、笑いながら近づいてきて陰で聞こえるように嫌がらせをするいじめがあると思うのですが、後者だと余計細かくお金を要求されたら、好かれるために渡して、いつのまにか大金に..という可能性があると思いました。

前者の脅迫だと、ウラの見えないところでやるなら注意しづらいのですが、それでも目立つので誰かが先生に告げたりはしやすいと思うんです。

後者は、みんながわかってても、ニヤニヤいつのまにか共犯になってて、気づかないうちに金銭のやりとりを認識してても問題意識に繋がらないような気がしました。

大人になった今なら、止められるかな?


回答者:⑩

私はいじめる側もいじめられる側も経験しました。お金を渡すという行為もしました。

小学校3年生ときでした。全校児童20〜30人の小さい学校でした。私は空気読めないタイプの子供で、仲間はずれにされることが多々あって、低学年の頃はそれすらもあまり気づいていなかったんだけど、多分中学年になってやっと自覚したんです。お金を渡していたのは一人の男の子に。いじめられていたわけではなくて、私が一方的に怖いと思っていて、そんなタイミングで「500円玉頂戴!」って軽い気持ちで言われたもんだから(私、冗談通じないタイプ)怖いから渡したんです。

2〜3ヶ月くらいそんな関係が続いて、結末は、先生から声をかけられたのか私から相談したのか覚えていないけど、何回か先生と面談した後、お互いの両親に先生が事情を説明して(私は両親には一切相談してません)、相手の父親と本人が私の自宅にお金を持って謝りにきました。同居していた祖母が事故死したころなので家庭が不安定な時期でもありました。

小学校6年生のときは加害者になりました。同じクラスの女の子がなんとなくムカつくんです。仲間はずれにしたり、机をビショビショに濡らしたりしてました。女の子の親御さんから学校に相談があったらしく、先生は授業の時間を何時間も削って「いじめはいかにやってはいけないことなのか」を説きました。もちろん、私たち加害者の言い分も聞いてくれました。

正直、私は「私が仲間はずれされてたときは何もしてくれなかったくせに不公平だ!」と思ったし(お金の男の子が仲間はずれにしてたわけではないので)、ちゃんとそのことも伝えました。先生にそこまで介入されると白けてしまって、女の子との関係はもとに戻りました。ちなみにこの頃の私は自殺願望が目覚めた頃でもあります。小さい学校だったし、ある程度経験を積んだ先生しか赴任しない学校だったのと、30年近く前という時代背景もあるかもしれませんが、先生には恵まれたと思います。

中学生になっても寂しい思いも多々ありましたが、私がびっくりしたのは、小学校からのいじめを中学校まで引きずっていた子がいた事です。先生は何をやってたんだ?と思いました。

私から受けたいじめで一番傷ついたのは高校生の部活の先輩からのものでした。一人で抱えて悩んで、先輩が引退してから事後報告的に顧問の先生に相談したのですが、「お前のことを思ってやってくれたんじゃないのか」と言われました。先生はいじめがあったと認めたくないんだなと悟り、教師という職業の人の大半はこういう人たちなんだろうなと幻滅した出来事でした。

一度は回答を送信寸前でやめたのですが、「教師視点」の補足というか、「教師を絡めた私の実体験」としてお伝えしたくなりました。罪名がつくほどのいじめは体験していませんが、始まりは似たようなものだとおもうので。身近に起きた場合…自分の立場にもよりますが、子供同士でいじめをかばうと逆にいじめられるので、エスカレートする前に大人が介入して白けさせる。被害者は救済されやすいけど、加害者もどこかでは被害者だと思う(家庭問題とか)ので、どちらも被害者だという認識で接してあげたい。個人的見解です。


回答者:⑪

提出期限が過ぎてしまっての投稿、申し訳ありません。
また、シャンバラの皆さま。
考える感じる機会をいただきありがとうございます。

>他の人は何をしていたのでしょう?
おっしゃるとおりです。

長きの時間に渡り、知っていても知らないふりをしていたのだとしたら、それは共犯と同じこと。
ましてや、大人が気づいていながら手出しも口だしもしないとは…それをクラスメイトも先生もただただ冷たい目で見ていたのだとしたら、心が良心が腐っているとしか思えません。憤りを感じます。

自分が同じ立場になったらいったいどうするのか?
耐えられるのか?自分の身近で今まさに起こっているとしたら、それを知ったとしたら、行動をしないでいることは自分自身を許せない!ことです。

ただ、お恥ずかしい話しです。実の弟が小学校時代、同級生にいじめられ毎日死にたいと思っていたと、先日、母に話したと聞きました。2歳年下の弟の苦しみや悲しみを、私も小学生だったとはいえ、気がついてやることができなかった。それを何十年もたって知ったことに心が震えます。

きっと何度もいじめられていると話したい、助けて欲しいというサインは弟からでていたはず。
知ろうとしなかったことに愕然とし、私もそのイジメをしていた彼らと同じく同罪だったと感じます。

できるなら、小学生の時に戻って、いじめられていた弟のために全力でできることをし、彼を救いたいです!
両親に訴え、先生に話し、子どもたちを交えて話しをし、解決に向けて動きます。

今回のイジメは、日本人全体の問題です。
ただのニュースとならぬよう、国民全員でレポートを提出すべき重大な問題です。

 

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シャンバラです

たくさんのご意見、ご感想をありがとうございました。いじめる側、いじめられる側の日本人独特の視点が聞けて勉強になりました。「見て見ぬふり」という行動が理解できなかったのと、できれば教師の視点も見てみたかったですね。

日本の政策では災害被害者は別々に住まわせるというのが慣例らしいです。理由は簡単。一致団結にさせないためです。ですから、常に弱者になるし情報交換もしずらい環境に置かれます。その分救済も遅れるのでしょう。孤立感からの脱却に立ち上がる人間であれば社会復帰がその分早いかもしれませんが、一度踏み間違えると一生社会で保護される立場から這い上がれない危険もあります。広域災害独特の問題です。

できればマクロ視点で解決策を考えたほうがいいのかもしれません。特にいじめはひどいですね。路上で行ったら犯罪名が付く行為が学内では許される限り子供を預けている皆さんの意識はずっとこのままだと思います。早い話が学内は治外法権だということです。

保護者?責任者でしょう?要求?恐喝でしょう?いじめ?断続的な暴行でしょう?ノートに落書き?器物破損罪でしょう?追い詰める?未必の行為でしょう?言葉の暴力?同級生ハラスメント・・・って言葉はないか。でも何が正義なのでしょう?せめて早い時点で授業に刑法ぐらい学ばせる方がいいかもしれません。

多くの亡くなった人を見たから生きなければ

そういったこの子の勇気と判断に対して恥じない行為をしてほしいと思いました。特に前にもここで書きました見て見ぬふりをした子ほど自己破壊が激しいので特にそういう行為をしたお子さんの責任者は気を付けてください

回答をみて安心しました。きっと乗り越えられると思います

回答ありがとうございました

 


 

コメント

  1. リカ♪ より:

    私はいじめる側もいじめられる側も経験しました。お金を渡すという行為もしました。小学校3年生ときでした。全校児童20〜30人の小さい学校でした。私は空気読めないタイプの子供で、仲間はずれにされることが多々あって、低学年の頃はそれすらもあまり気づいていなかったんだけど、多分中学年になってやっと自覚したんです。お金を渡していたのは一人の男の子に。いじめられていたわけではなくて、私が一方的に怖いと思っていて、そんなタイミングで「500円玉頂戴!」って軽い気持ちで言われたもんだから(私、冗談通じないタイプ)怖いから渡したんです。2〜3ヶ月くらいそんな関係が続いて、結末は、先生から声をかけられたのか私から相談したのか覚えていないけど、何回か先生と面談した後、お互いの両親に先生が事情を説明して(私は両親には一切相談してません)、相手の父親と本人が私の自宅にお金を持って謝りにきました。同居していた祖母が事故死したころなので家庭が不安定な時期でもありました。小学校6年生のときは加害者になりました。同じクラスの女の子がなんとなくムカつくんです。仲間はずれにしたり、机をビショビショに濡らしたりしてました。女の子の親御さんから学校に相談があったらしく、先生は授業の時間を何時間も削って「いじめはいかにやってはいけないことなのか」を説きました。もちろん、私たち加害者の言い分も聞いてくれました。正直、私は「私が仲間はずれされてたときは何もしてくれなかったくせに不公平だ!」と思ったし(お金の男の子が仲間はずれにしてたわけではないので)、ちゃんとそのことも伝えました。先生にそこまで介入されると白けてしまって、女の子との関係はもとに戻りました。ちなみにこの頃の私は自殺願望が目覚めた頃でもあります。小さい学校だったし、ある程度経験を積んだ先生しか赴任しない学校だったのと、30年近く前という時代背景もあるかもしれませんが、先生には恵まれたと思います。中学生になっても寂しい思いも多々ありましたが、私がびっくりしたのは、小学校からのいじめを中学校まで引きずっていた子がいた事です。先生は何をやってたんだ?と思いました。私から受けたいじめで一番傷ついたのは高校生の部活の先輩からのものでした。一人で抱えて悩んで、先輩が引退してから事後報告的に顧問の先生に相談したのですが、「お前のことを思ってやってくれたんじゃないのか」と言われました。先生はいじめがあったと認めたくないんだなと悟り、教師という職業の人の大半はこういう人たちなんだろうなと幻滅した出来事でした。一度は回答を送信寸前でやめたのですが、「教師視点」の補足というか、「教師を絡めた私の実体験」としてお伝えしたくなりました。罪名がつくほどのいじめは体験していませんが、始まりは似たようなものだとおもうので。身近に起きた場合…自分の立場にもよりますが、子供同士でいじめをかばうと逆にいじめられるので、エスカレートする前に大人が介入して白けさせる。被害者は救済されやすいけど、加害者もどこかでは被害者だと思う(家庭問題とか)ので、どちらも被害者だという認識で接してあげたい。個人的見解です。

    • 匿名 より:

      これを読んで、子供のときは大人社会から見ると「所詮、子供の世界のできごと」と自分たちを過小評価していたのを思い出しました。
      みんな子供のことだから、全うに取り上げたり、対等に見てくれたりはしないだろう。下手したら、大人に逆に怒られたり、バカにされる可能性もあるな、、と身近に起きた出来事は大人に言いにくいという考えが、子供心にすごくありました。

      子供たちの自尊心を養うこと、1人1人が大切な存在なんだときちんと認識させることも大切な気がします。

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